アジア学院卒業式に参列   

12月13日(土)午後
沢田研二の正月コンサートチケットをゲットしそこねた。大失態である。どう考えても悔しすぎる。。。脳みそはショート寸前で煙が見えるし、こめかみには血管が浮き上がりビコビコ震えて今にもぶちキレそー!でも、午後に大事な予定が入っているので、ここは何としてもこらえなければいけない。震える血管を両手で押さえて、チョーふて腐れの形相をマフラーで覆い隠し、急ぎ新幹線で栃木の那須塩原へと向かう。

ここからは、まじめなお話。

那須塩原市にアジア学院という専門学校がある。テレビで紹介された事もあるらしく知っている方も多いようだが、わたしは初めて。今日が本年度の卒業式と言う事で参列した。アジア学院は、キリスト教の団体を中心に運営されている、アジア農村指導者養成専門学校だ。アジアを中心に世界中から来日した学生が9ヶ月共同生活をしながら、単に有機農法の技術だけでなく、それぞれの場所に戻ってから求められるコミュニティを作るリーダーシップを養う目的で研修に励んでいる。今年は15カ国から30人の生徒さんが卒業した。先生方のごあいさつを聞いていると、今年の学生さんは本当に良くてとても充実した研修期間だったようだ。そのせいだろうか、みなさんがとても輝いて見えた。こういうインターナショナルな生活共同体が上手く機能している時は、世界の諸問題など吹き飛ばしてしまいそうな、希望に満ちたエネルギーが発散されるので、部外者のわたしまで嬉しくなってしまった。

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式の中の挨拶等で、印象に残ったことがいくつかあった。ひとつは、有機農法を人も自然も含めた「共に生きる社会」を実践するためのツールとして用いたいという学院の姿勢で、これにはとても共感した。市場経済主義の横行するなか「商品化する食糧」の現状では、作る側にも受け取る側にも真の幸福は無いということ。これはたとえ有機農法という技術を使ったとしても、商業主義、経済第一主義の歯車に組み込まれてしまえば、単なる高級商品の売りつけにしかならないという事にもつながるだろう。巷のマーケットにあふれる「オーガニック」印にも大いに考えてもらいたい。

また、学生さん達からは、「食べ物を自分たちでつくれるということは、誰かにコントロールされないこと」といった発言があったと聞いた。困難に直面しているアジアの国々から、世界一食が豊かで、農業技術が発達している国に学生さんを招いて指導する。そんな傲慢なイメージを持っていると、胸に突き刺さるような言葉ではありませんか?自慢の豊かさも一皮むけば、「食べ物」にまつわる様々な問題ですっかり頭をかかえてしまった今の日本。私たちはいったいいつまで豊かだ!自由だ!幸せだ!とやせ我慢して言い張っていられるんだろう、と悲しくなった。

私は菜食の楽しさを伝える仕事に意義を感じるし、自分のやっている事は大好きだ。しかし、最近は菜食だなんだと言う以前に、もっと命に近い所に居たいと願うようになってきた。農業をしている人達に出会いたいなと思っていたところ、知人に紹介されたのが、このアジア学院。ボランティアなど募集しているみたいだし、これから少しずつこの輪の中に入っていきたいな。農業というテーマだけでなく、大好きなアジアも絡んでいるし。

ところで、式の後のお茶会。インドネシア人の学生さんを見つけたので、思わずインドネシア語で話かけてしまった。帰国以来10年間、一言も喋る機会がなかったし復習もしていなかったのに、なぜかすらすらとよどみなく勝手に口をついて出て来る。自分でも「なんだこりぁ」と内心びっくり。さすがショート寸前の脳みそは何でもアリってことなのか。

温かく、楽しく、そしてちょっぴり胸に痛い卒業式とお茶会はあっという間な気がしたが、帰る頃にはもうすっかり日も暮れていた。新しい出会いに感謝しつつ、ふと新幹線の窓に映る自分の姿を見ると、まだ頭から煙が出ている。この歳になって、沢田研二のコンサートチケットが手に入らん!と憤慨しているわたしっていったい何者?(単なる、おバカである)おばかだって、何だっていーいっ!誰かチケット譲ってくれぇぇ。vh-j
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by veggieheaven | 2008-12-15 08:41 | 雑感

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